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2017年9月24日 (日)

自己満足

小学生のころ、「奈菜ちゃんの詩が、新聞にのってたよ」と、

クラスの友達が、そう、おしえてくれたことがありました(*゚▽゚)ノ

それは地方紙の、子供の作品欄みたいなところで

掲載されていたようで

担任の先生が、まとめて送ってくださった中から、抜擢されたようでした

が、残念ながら、我が家(実家)では、その地方紙はとっておらず
また、先生からも特に聞くこともなく

その新聞に掲載されてるのを、

実際に目にすることはありませんでした

先生もご多忙な中でのことだったのかも・・

と自分に都合よく思ってましたが、掲載されてたことは、

確かなことのようでしたo(*^▽^*)o

Dsc_0006_5

そういう風に、子供の頃から、

思ったこと、感じたことを、文章にしたりするのは好きな私でした

ですが、それはあくまでも、自己満足なことの1つ(* ̄ー ̄*)

15,6年前には、「文芸川柳」といって
俳句にも似た五七五の世界でも、一生懸命作品作ってた時期が、ありました
その時にも、すごく良い評価を頂けたりして、喜んではいましたが
それが特にどうってことでもなく、たんに、自己満足だけのことでした

そんな自己満足を、表にだして、これでもか、これでもかって・・
ブログなどで記事にしても
それを「いいね」と、心底思ってくださる方なんて、皆無に近いですし、そんなものだと思ってます

でも、そんな自己満足な世界を、自分の心の、よりどころとして、そして、秘かな楽しみの1つとしてもっておくことも、

それは、それでいいのではないかと思ってます(o^-^o)

2017年9月22日 (金)

ささやかな楽しみ

月に1回だけ、近くの公民館で行われてる「歌声広場」という行事に参加してますヽ(´▽`)/

今日がその歌声の日でした

歌は聴くのも、うたうのも大好きな私

ただ、ここは、童謡などが中心のところなので、多少物足りなさはあるのですが

それでも歌って、おもいきり発散できるのは楽しいことです(*゚▽゚)ノ

その後、その公民館の他の場所でやってる

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別の「コーヒークラブ」の点ててくれたコーヒーを100円で飲んで、友人たちとのお喋りタイム

それが、また楽しいんですよね

そんな、歌って、喋っての、ちょっぴり楽しい時間が過ごせました(*゚▽゚)ノ

2017年9月20日 (水)

東京

私にとってのカルチャーショックは、まさしく、四国の片田舎の高校を終え、大都会、東京へと移り住んだこと

東京へ行って、休日にはじめて出かけた新宿の地下道を、
駅へと急ぐ、まるで群衆かな人の多さに、目をみはり、
誰も、かれもの、ファッション雑誌から、飛び出してきたかな洗練された服装に心奪われて・・

ただただ萎縮すらしていた18歳の私(゚m゚*)

それでも、若かったので、すぐに東京の街にも、暮らしにもなじみ、
学生生活から、就職と、人生の一番良き時代の20代をいっぱしの都会人かな気分で過ごしたものでした

寮で過ごした、2年間を終え、その頃まだ学生だった、1歳年上の姉と、一緒に暮らし始めたのが、中央線沿線の国分寺
で、その頃利用していた電車が、JRの中央線、

当時でも、2分おきに電車が駅に止まってました
そんな便利このうえない、東京が、なんとも、好きでした(*^-^)

通勤の電車に揺られなかがら、文庫本を読んだり・・
お給料やボーナスの入った時には、新宿や、吉祥寺と、寄り道をして、ショッピングも楽しみました

ただ、そんなことだけでも、楽しかったのですから、それはやっぱり若さということだったのでしょう

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そんな私が関西へ移り住んで
それでも、以後何回かは、東京へは行ってました

ちょっと、足の遠のいた、昨今ですが、

最後に行ったのは2010年くらいだったかな

その時は、姉と一緒に、新宿から、「はとバス」に乗ったりして、あらためて、東京観光もやったりしました

そんな1日を終え、新宿から中央線に揺られ、姉の家へと、帰路につきました
若いころに、さんざん乗った中央線
懐かしい駅名のアナウンスを聞き、流れゆくあのころと、変わりないかな街をぼんやりと眺め
まるであのころにタイムスリップしたかになってました(゚▽゚*)

だんだん日も落ちてしまって。。その車窓に、私が写りました
そこには、当然のように、年齢を重ねた今の私が写ってました

それが、当然だったのですが・・
あのころに、その窓で写ってた、はつらつとした、20代の私は、もう、どこにもいなくて・・
時の流れを痛いほど思い知らせ、

東京は、もう、すっかり過去の話になったなと、あらためて、そう、思ったものでした(*^-^)

2017年9月19日 (火)

お喋り

私のささやか(?)な楽しみの1つは、お喋り(◎´∀`)ノ

日ごろ思ってることやら、誰かに聞いてもらいたいことなどを、
気軽に、お喋りできる仲間があるってことは、嬉しいことです

それに、お喋りって、お金もかからない上に、 思う以上に、発散できるんですよ(゚m゚*)

ネットで、そんなとこみてたら、
30代~40代の子育て真っ最中の主婦の方も、
日中、話し相手も、なくただ、TVを見てすごすだけでは、ものたりないって方が多いみたいでした

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そういえば、この私にもそんな頃ありました

ただ、そうは思えども、性格的なことなどから。。

気軽に友達の作れる人と、そうでない人があって、この私は後者でしたから・・(o^-^o)

この齢になって、小さなことばかりですが、
なんだかんだと趣味のことやりはじめて、

こんな私にも、そういった話相手も、ふえてきて・・
そんなお誘いがあれば、ホイホイでかけます(*^ω^*)ノ

今日は、そんなお喋りしたい3人で、集まって
安上がりな楽しみコースで、少しだけ、発散してきます(*^-^)

2017年9月16日 (土)

書くということ


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そもそもは、連絡事項欄に、「今日はひな祭り・・少しきどった、菜の花のチラシ寿司をつくりました」なんて、短文をしたためたのが、きっかけで始まった
私と、子供の担任の先生との、連絡帳交換日記

本来は、たんなる連絡帳なので、先生からの連絡事項に
ハンコを押せばそれですむのですが、最初に、そのチラシ寿司のことを書いた文章に、先生のほうからも、思わぬお返事を、書いてくださって

そんなことで、すっかり気をよくした私は、あつかましくも毎回、毎回、なにがしらのことを、その連絡帳に書くようになっていきました

もちろん、そんなことをやってる保護者は、この私一人です(◎´∀`)ノ
最初は短かった文章もだんだん書く量もふえて・・日々の生活のことから、自然のこと、思うことと、・・内容も、幅広くなっていきました

先生からも、毎回、綺麗な字で、雑感がしたためてありました

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それを半年くらい続けた頃に、さすがに先生もお忙しいんじゃないかと気になり、連絡帳への書き込みを、やめてしまった私
後日、「おかあさん、先生が、どうして書くのやめたの?」と言っていたよと、子供から聞かされました
そんなことなら、もっと続けておけばよかった。。などと思った私でした

削除してしまったここでの記事にも、中学生の時に女の子どうしの交換日記のことがありましたが・・

そんな風に書くと言うことが全く苦にならない私は
ネットで買いものしても、気にいったものであれば、必ずデビューも書きこみます

そして、書こうと言うことが、なにかひらめいたら、
これは見逃す手はないとばかりに・・、
さほど苦労もせずに、ちゃっちゃと、文章として仕立てあげます
少々過激なことでも、そして、あんなこと書かなきゃよかったってことまで(o^-^o)

2017年9月15日 (金)

迷惑な話

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北朝鮮のミサイルがまた、日本へ向けて発車されたってことで、

またもや、朝から、番組中断しての大騒ぎ?

ただ、思うんですよ

地下へ避難してくださいって・・ドダイ無理な話ですよね(`Д´)

「この日本に地下のある家って、いったい何戸あるの」ってことですよ

そんなこと、わかりきったことなのに、ただ、ただ地下へ避難・・・を繰り返すって・・国民をおちょくってるのかってことですヨ

もちろん、そんなミサイルを飛ばす北朝鮮が一番悪いのですが・・

ただ、本当に日本の国のどこかへ、ミサイルが名中したら、

地下へ避難だけで、無事にいられるのってことですね

朝から、番組中断して、アラート鳴らして・・

ホント、迷惑な話(*`ε´*)ノ

2017年9月13日 (水)

圧迫骨折


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友人から、「圧迫骨折になってしまって、痛いし、治りも、まだまだ」と、連絡が入りました

圧迫骨折と、普通の骨折とは、ちょっと違うんですが・・
私も、20代の若き日に、その圧迫骨折(腰椎)してしまったことがあって・・1ヶ月くらい入院したことありました

といっても、痛くもなんともなく・・自分の背なかとか半身をかたどった石膏のギブスベッドに寝てるだけが治療

もちろん、そのベッドにはまじめに寝てたのは、数えるほど
痛くもなったし、元気そのものだから

おまけに、入院した整形外科の病院が、なんとも楽しくて・・お気楽な病院だったんです
当時、なぜなんだか、20代の子がいっぱい入院してて。。
そんなことで、病院内をみんなして、各部屋訪問したり
TVのおいてあるサロンみたいなところへ集合したりして、遊び回ってました
箸が転んでも楽しいころだったので・・
病院内で、そうやって集まること自体も、ハンパなく楽しかったです

芸能人のおっかけをしてるという、超美人の女の子。。
ドクターさえも、その子には態度が違ってました(゚▽゚*)
それと、めっちゃおませな高校生
それに、女性なら誰でもOKみたいな男の子(男性は別部屋です)に、眼鏡の男の子に、気弱そうなオタクっぽい男の子

おまけに、同部屋には、Hな話を夜な夜な聞かせてくれるオバサンが二人も入院してて・・夜ともなると、そのオバサンたちの、
きわどい話を聞いて、キャッ、キャッと、喜んでた女の子の私たち

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もはや、入院生活なんてものでなかったけど・・
病院で、そんなたのしい経験したのも、そんなにない話だとは思います
(多分、その病院でもその時だけだったみたいな)

やがて一人、二人と退院していって。。

その病院で、おばさんから若い子まで、
考えられないような、たのしい日々が過ごせたので、
退院してから、一度、皆で集まって、
病院の同窓会をやろということになって。。
近くのそういった店へ皆(20人くらい)で、集まって、食事したことありました
その時にも、当時、出回り始めたカラオケ歌って拍手喝采だったかなヽ(´▽`)/

そんな、こんなで、私の圧迫骨折は、苦労なく治ったけど・・
友人は「痛くて、歩くのがやっと」とのこと
年齢を重ねると、やっぱ、治りも遅くなるようです・・・(゚m゚*)

2017年9月12日 (火)

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「奥さん、今日も、ええ声、出てはりますな」と、
仕事から帰宅した主人が、ふざけてそんなことを、よく言ったりしてたのを思い出したりしましたが

もう20年ほどの昔、けっこうカラオケに、ハマってた頃があって、
翌日のカラオケ行きに、備えて、歌の練習などをしていたことが、当時よくありました。

その主人は、歌はまるっきしダメ。
ごく、たまにTVで、知ってる歌がでてくると、
その歌に合わせて歌ってますが、まるで原曲をとどめてないかに音をはずし、「もう、やめて歌のイメージ壊れてしまう」な、レベルですから(笑)

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子供のころから、歌うのが好きで楽しい私でした。
そんな私は、いろいろな場所で「誰か歌って」言われれば、いつどこでも、ほいほいと、歌ってました(笑)

友達の結婚式でも、職場での、忘年会などでも、
そして、旅行先のホテルのラウンジでも、
ママ友との交流でも、もちろん、カラオケ。
シャイな私でしたが、歌だけは別だったんです・・っていうか、単純に歌いたかったからです。

そして、つい何年か前の、出身高校の関西地区の同窓会の時にも・・
そりゃ、もちろん、歌いました(笑)

その、同窓会がおわって会場を去ろうとしてた時に、「歌よかったですよ」と、会場係のボーイさんが、わざわざそんなことを言ってくれたこともありました(って、ちょっと自慢ぽかったかな)

そんな私は、今は、カラオケは年に数えるほど。
近くの公民館内のコーラスに参加してます・・カラオケから比べたら地味なコーラスですが、
会員の皆さんとの交流も楽しくて毎週の練習日を楽しみにしてます。

ただ、残念なことに、毎年8月は夏休みで、まる1か月が休みなんです。
その、コーラスの夏休み明けが昨日でした。。

朝、少しナーバスになることがあって、沈んでいた私でしたが・・
午後からのコーラスは水を得た魚のごとく、はりきってました。

やっぱ、歌はいいなって・・(笑)

カルチャーショック

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私にとっての、カルチャーショックとは、
もちろん、高校を終え、四国の片田舎から、大都会東京へ、繰りだしていった時のことですが・・

もう1つ、学生時代にはじめて信州方面へ旅行して、
雄大にそびえるアルプスの山々を、この目に、初めておさめた時にも、
なんとも言えない、感慨に胸をあつくし、これも、1つのカルチャーショックだったような気がします

四国の低山しか目にしたことなかった何も知らない19歳の私には、
信州の、天空の遥か上に、りんとそびえたつ2000mから3000m級の
北アルプス、中央アルプスなどの頂きに、
驚き、圧倒されて、なにか別世界のことかのように目を見はったものでした

その時の旅行では、美ヶ原、霧ヶ峰、蓼科高原、白樺湖なんてところへ友人たちと行ったのですが・・
もちろん、旅行なんて、修学旅行以来
友人たちと一緒に旅してまわるってこと自体も、はじめてのことでした

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松本から、バスで山道を登り、美ヶ原(高原)に辿り着いた時には、
あたり一面が、すっぽりと、霧に覆われて、何1つ見えない、
真っ白な世界だったので、なんとも落胆したのですが、
それも、つかの間、今度は、その霧があっという間にひいて
(そんなこと自体が、四国にはないことですので)

そこに、現れてきたのが、見たこともない
まるでTVかなんかの世界な・・洗練された、さわやかな緑の高原、
ホルスタインの牛さんまでが、そこここに、たむろしていて・・

さらには、そこから望める大展望、
雲1つない青空の、そのまた上空に槍や穂高な、アルプスの山々の連なり・・、
もう感激しまくりでした

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後年、信州方面へはよく旅しました。
そんな時には雪を抱いたアルプスの姿も幾度となく目にしました
再び、美ヶ原方面へ行ったのは、その時から、30年が経った頃でした、

「絶対、綺麗に違いない」と、期待100%で行ったのに
曇っていたこともあったにせよ、
「えっ? こんなんだった」「もっときれいだったはず」と、
それほどの感激はなかったのです・・


それは全くのはじめての光景ではなかったから。。
ということも、あるんだと思いますが
それ以後、様々なところへ旅したり、
TVや雑誌などで、もっともっと美しい海外の山々のことなども、目にしているからなんだと思いました


一昨日、昨日と「上高地」と、「立山黒部アルペンルート」
方面への旅に行ってきましたが・・

信州方面へ行くたびに、カルチャーショックだった日のことを、ぼんやりと思いだしている私です   

2017年9月 9日 (土)

おかしなプライド

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もう、10年も前のことですが、近くのスイミングスクールに通ってたことがありました。

少子化の昨今、スイミングスクールに通う子供の数も減ってしまい、
そんなことで、スクール側も、主婦層などを対象の「水中エクササイズ」とかのプログラムを組み、健康やダイエットのためにと通ってる主婦も多かったのです。

運動音痴で何一つ体育的なことは、できない私の唯一できるのが、泳ぐことだったので(海の傍で育ったため)、

私は水中エアロビクスなプログラムにも参加しつつ、クロールや、背泳などの、コースにも参加し、週2~3回はプールな日々をすごしていました。

プールには、そんな主婦の方々の楽しそうな友達の輪がいっぱいできてました。
お喋りは大好きですが、自分からは、なかなか入ってゆけない私は、遠くから眺めているだけ。。

そんな時にたまたま声がけしてくれた人がいて、
やっと、私にもプールでの友達ができ、食事に行ったりなプール以外での、つきあいも楽しめました。

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思えば、若い頃も、結婚してからも、向こうから、誘ってもらわなければ、なかなか友人もつくれないところのある私でした。

それは、シャイな性格ってこともあったのですが・・
もう1つには、
「自分の友人は、誰でもいいってわけではなく、こうでなきゃっ」て、
理想像をつくりあげ、つまりは、選ぼうとしていたってことですが、
言い換えれば、すごく自分を高くみていたのだと思います。

自分で思うほどでもない自分のことは、すっかり棚に上げての、
得手勝手なプライドって、すごく変だし、第一、失礼な話でもありますね。

人は誰でも、それなりの良さも、魅力も、多少なりとも、持ち合わせているものですし
そんな偉そうな考えをする自分こそが、相手にすれば、迷惑千番な存在にすぎないってことなんじゃないかと・・そう思えるようになったのは、それからずいぶんと時間が経ってからのことでした。

いつまでも、そんな自分ではいけないと特に意識したわけではありませんが・・
齢を重ねるほどに、そんな思いも、薄れていき
選ぼうとすることもなくなった頃から、
徐々に友人も、自然と、できるようになってきたような気がします。